この記事では、トーナメントポーカー特有の留意点について解説します。
キャッシュゲームとトーナメントは違う、いや基本的には同じだなどよく議論に上がりますが、実際のところ、トーナメントとキャッシュゲームがどのように異なっているのか理解している人は多くないと思います。
この記事では、トーナメントとキャッシュゲームの本質的な違いについて解説しつつ、トーナメントの成績をあげるために知っておくべき概念、パワーナンバー、ICM、バブルファクターといったキャッシュゲームには適用されないトーナメント特有の重要概念について解説します。
是非最後までご覧ください。
キャッシュゲームとトーナメントの違い
これまで私が解説してきた記事の内容は、キャッシュゲームでもトーナメントでも使える内容でしたが、今回はトーナメント特有の内容を解説します。
まず前提として、キャッシュゲームとトーナメントで何が本質的に異なるのか3点説明します。
1点目は、エフェクティブスタックのサイズに応じたプレイをする必要がトーナメントではより高まるということです。大体プレイヤーが100bb程度のスタックで同じディープなエフェクティブスタックでプレイするキャッシュゲームと異なり、トーナメントではプレイヤーごとのスタックに差があり、しかも、40bb以下の少ないスタックでハンドごとに異なるエフェクティブスタックでプレイすることがほとんどになります。
ポーカーのレンジやアクションはエフェクティブスタックによって大きく変わるので、スタックサイズに応じた適切なプレイをしなければならなくなります。また、時間の経過によりブラインドが上がることも、エフェクティブスタックが大きく変わる原因となります。ブラインドが変わらないキャッシュゲームと異なり、ブラインドが段々高くなるトーナメントでは、同じ1万ドルを持っていても、ブラインド100-200のときは50bbなのが、ブラインドが200-400になれば25bbまで減ってしまいます。同じチップ量でも、ブラインドのサイズに応じたプレイをする必要があります。
2点目はスチールとブラインドディフェンスの重要性が増すことです。これはアンティの存在とブラインドの上昇が理由となります。アンティが存在しないキャッシュゲームと異なり、強制的にポットに投入されるチップの量が増えるため、ブラインドディフェンスの頻度と、ブラインドスチールの頻度を上げて、より大きくなったポットを取る必要性が増します。また、キャッシュゲームと異なりブラインドが上がりまたチップの補充もできないため、ポットを定期的に獲得しなければ、勝負に負けていなくてもチップがどんどん減って行って自然死状態になってしまいます。
3点目は、賞金ストラクチャーの存在です。キャッシュゲームでは獲得したチップがそのままの価値を有しますが、トーナメントではチップ単体には価値がなく、トーナメントで残った順位によって賞金額が決まります。よってエクイティをそのまま意思決定の基準にできるキャッシュゲームと異なり、いくつかの場面では、考慮すべき事項が出てきます。
このようなキャッシュゲームとの違いによって、トーナメントを戦う上で理解しておくべき重要な概念として、パワーナンバー、ICM、バブルファクターの3つをご紹介します。
パワーナンバー
トーナメントではキャッシュゲームと違って、
・ブラインドが上昇してスタックの相対的なサイズが時間の経過とともに小さくなっていく、
・アンティがあるのでスチールの価値が増すという特徴があります。
よってスチールをしてフォールドエクイティを獲得することが重要となります。プレイ中の平均的なスタックが小さいトーナメントでは、キャッシュゲームより遥かにオールインスチールが重要となり、そこで使える有用な概念として、パワーナンバーと呼ばれるものがあります。
パワーナンバーとは、20bb以下のショートスタックのときに、オールインするのに数学的に最適なハンドを機械的に判断する仕組みとして考案されたものです。まだアクションしていない残りのプレイヤーの人数×(スタック÷プリフロップのポット額)をパワーナンバーとして、次の表でパワーナンバーより数字が大きいハンドではオールインができるとするものです。アンティがあって7人以上のテーブルの場合はパワーナンバーから更に5%を引くこととなります。
例えば、自分がHJで15bbでA7ssを持っている場合、アンティはBBアンティ1bb分だとすると、
残りの人数は、CO・BTN・SB・BBで4、(スタック÷プリフロップのポット額)は15÷2.5=6、パワーナンバーは4×6*0.95=22.8。表を見るとA7sは、32なので、オールインするのに十分ということになります。これがA7oだと22になるのでオールインはできなくなります。
パワーナンバーを丸暗記してこれに従ってプレイするというよりは、まず1回ちゃんと暗記して体感的にどのようなハンドでどのようなスタック・ポジションだとオールインできるかということをざっくり把握しておくことはかなり役に立つと思います。私も初心者時代にはかなり助けられました。今は全く暗記していませんが、どうしてもトーナメントでオールインできなくて自然死してしまうという悩みがあるなら、パワーナンバーのような機械的にオールインできる手がかりは極めて有用だと思います。
ICM
ICMは独立チップモデル(Independent Chip Model)の略語です。ICMとは、現在自分が持っているスタックの価値をトーナメントにおける獲得賞金の期待値と比較することで、金銭的価値に換算するモデルです。ICMにおいてスタックを金銭的価値に換算するには、まずトーナメントの優勝確率=スタック/総スタック量と仮定して計算していきます。詳しい計算方法は私の著書トーナメントポーカー入門の162ページ~164ページを見ていただくとして、ここではウェブツールを使って計算します。
このように3位から入賞で残り10人で総スタック55000でスタックが分散している場合、チップリーダーの10000点のスタックには17ドルの価値があり、最下位の1000点のチップには2ドルの価値があると計算できるのがICMです。
ICMがなぜ有用かというと、オッズの判断、特にあとひとりでインマネが決まるバブルの時点で相手のオールイン要求にコールするかといった判断に影響を与えるからです。
例えば、次のとおり、残り4人でバブルの状況を考えてみます。
4万持ちのチップリーダーがUTGからオールイン、5000持ちのBTNがフォールドで、SBが9000持っていて、BBが1000持ちだとします。ブラインドは100-200です。
SBのハンドはAKdsだった場合、コールすべきでしょうか?
純粋にポットオッズを考えた場合、ポットは9000+9000+200=18,200でコールに必要なチップは8900。
必要な勝率は、8900÷18200=48.9%になります。
AKはランダムハンドには64%の勝率があり、チップリーダーのオールインレンジがAA-88, AK-AT, KQ, KJ, QJだとしても60%の勝率があります。通常であれば余裕でコールとなりますが、ICMに照らして検討すると結論が異なります。
SBのスタックの価値は28.3ドルあります。コールして勝ってダブルアップした場合は、チップリーダーはチップを31000まで減らし、SBは18200に増やします。この場合、ICMは、この表のように変わりスタックの価値は34.3まで増えます。負ければスタックの価値は0です。
よってコールした場合の勝率を60%とした場合、コールの期待値は、勝った場合の期待値(34.3-28.3)×0.6から負けた場合の期待値-28.3×0.4を引いたもの3.6-11.32=-7.72となり-EVとなります。必要なコールの勝率xは、6x-28.3(1-x)=0となるx、すなわち82.5%まであがります。82.5%の勝率であれば、AAでギリギリコール、KKでもフォールドとなる必要勝率です。このように入賞するか否かがかかっている状態や賞金額が段階的に上がっていく状態(特にファイナルテーブル)では、ポットオッズによる判断とICMに基づく判断とで結論が異なることになります。ICMについては暗算で計算できるものではないので、結果を暗記したりするのではなく、とりあえずトーナメントではこのような要素を考慮する必要があるということだけ念頭において、チップリーダーのオールインにコールするか否かを考えたり、自分がチップリーダーのときに相手にプレッシャーを掛けることを心掛けてください。
バブルファクター
最後にICMを使った概念である「バブルファクター」について解説します。バブルファクターは、トーナメントの賞金ストラクチャがどれくらい通常のポットオッズに基づく判断を変えるかを説明する概念になります。
バブルファクターとは、自分がオールインしてコールされた場合の勝った場合に得られる利益と負けた場合の損失の割合、「負けた場合の損失÷勝ったときに得られる利益」のことを言います。キャッシュゲームの場合は、スタックの価値はそのまま変わらない金銭的価値を持つので、勝ったときに得られる利益=負けた場合の損失となるため、バブルファクターは常に1になります。ですが、トーナメントについては、ICMの部分で説明したとおり、チップの金銭的価値はストラクチャによって変わり、ストラクチャが進めば進むほど負けたときの損失の方が常に勝ったときの利益よりも大きくなるため、トーナメントではバブルファクターは必ず1以上になります。
具体的な例は、検算が面倒だったので、アグレッシブポーカーの172ページからの例を使います。
スタック | ICM的価値 | |
プレイヤーA | 8300 | 33.94ドル |
プレイヤーB | 5300 | 27.36ドル |
プレイヤーC | 3900 | 22.74ドル |
プレイヤーD | 2500 | 15.96ドル |
計 | 20000 | 100ドル |
セカンドチップリのプレイヤーBがショートスタックのプレイヤーDに対してオールインをした場合を検討します。
オールインをして勝った場合には、
スタック | ICM的価値 | |
プレイヤーA | 8300 | 33.94ドル |
プレイヤーB | 7800 | 35.41ドル |
プレイヤーC | 3900 | 22.74ドル |
プレイヤーD | 0 | 0ドル |
計 | 20000 | 100ドル |
となり、
負けた場合には、
スタック | ICM的価値 | |
プレイヤーA | 8300 | 33.94ドル |
プレイヤーB | 2800 | 17.38ドル |
プレイヤーC | 3900 | 22.74ドル |
プレイヤーD | 5000 | 26.29ドル |
計 | 20000 | 100ドル |
となります。
勝った場合の利益は35.41-27.36=8.05
負けた場合の損失は27.36-17.38=9.98
よって、バブルファクターは9.98÷8.05=1.24になります。負けた場合の損失が勝った場合の利益の1.24倍になります。
同じ計算でBのチップリーダーAのオールインにコールする場合のバブルファクターは2.54、3番手のCのオールインにコールする場合のバブルファクターは1.54になります。
例えば、チップリーダーAが30%のレンジでオールインしてきている場合、BがBBでAKを持っている場合、63%のエクイティがあるのでポットオッズ的には余裕でコールできますが、バブルファクターを考えると、負けた場合の損失が、勝った場合の利益の2.54倍になるため、必要勝率は、2.54÷3.54=72%になり、AKのエクイティではコールできないとなります。QQのエクイティが73%あるので、QQ以上でぎりぎりコールできることになります。
このように、バブルファクターを見ると、チップリーダーとぶつかる際にはより高い勝率がないとオールインにコールできないことが分かり、チップリーダーの場合には、広いレンジでオールインスチールができることが分かります。
MTTでのバブルファクター
トーナメントのバブルファクターは、最初は1に近いですが、トーナメントが進むにつれてインマネ直前まで徐々に上がります。次のグラフは、WSOPメインイベントのプレイヤー全員のバブルファクターの平均を取ったアベレージバブルファクターのグラフになります。
インマネが決まる直前で大きく上がってから、最低インマネが決まった際に大きく下がり、その後賞金ペイアウトが徐々に高くなっていくなかで、またバブルファクターが大きくなっていくのが分かります。賞金額が大きく上がるファイナルテーブルでまた大きく上がります。インマネ直前にチップリーダーがミドルスタックを頻繁に攻撃できる理由はバブルファクターで説明できます。
ICMと同様に、実際のプレイで毎回毎回バブルファクターを計算することは不可能ですが、バブルファクターという概念から得られる考察として、次のような内容を念頭に置いておくとよいと思います。
①自分のバブルファクターが低く相手のバブルファクターが高い場合は、アグレッシブに攻撃ができる。
②バブルファクターが高い者同士が対決する場合には、コールはできないので先にオールインした者が有利になる。
③自分のバブルファクターが高く相手のバブルファクターが低い場合、こちらはかなり不利な状況にあり、ブラフは控えバリューヘビーでプレイする必要がある。
まとめ
以上トーナメントとキャッシュゲームの違いについて説明しつつ、トーナメントで有用な概念であるパワーナンバー、ICM、バブルファクターについて、解説しましたが、いかがでしたでしょうか?
パワーナンバー、ICM、バブルファクターのいずれも実戦で計算したり事前に暗記するのは難しい概念ですが、ざっくりと内容を理解してトーナメントでプレイする際に意識しておくとトーナメントの成績もきっとよくなると思います。
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